大坂城(大阪城)は、天正11年(1583)に豊臣秀吉が天下統一の拠点として築城しましたが、慶長20年(1615)5月の大坂夏の陣で落城しました。
そののち徳川幕府2代将軍秀忠によって再築され、江戸時代の大坂城は幕府の西国支配の拠点として機能していました。

その大坂城の守衛という特別な任務を背負ったのが尼崎、岸和田の両藩で、尼崎藩の拠点である尼崎城は、大坂城の西の守りとして西国と大坂を結ぶ中国街道沿いに位置し、また、岸和田藩の拠点である岸和田城は、大坂城の南の守りとして紀伊から大坂に至る紀州街道沿いに立地しました。

こうしたお城同士のつながりを背景に大阪城、尼崎城、岸和田城の三城と城下町、三城相互の歴史的な関係も、実際に足を伸ばして魅力や歴史の奥深さを楽しんでいただくために令和の今、大阪・尼崎・岸和田三城同盟が結成されました。

尼崎城 大阪城 岸和田 のぼり

大阪城 錦城・金城 きんじょう

大阪城
城の種別
平山城
アクセス
  • ■地下鉄 
    天満橋駅、谷町四丁目駅、森ノ宮駅、大阪ビジネスパーク駅
  • ■JR 
    大阪城公園駅、森ノ宮駅、大阪城北詰駅
  • ■京阪電車 
    天満橋駅下車
徒歩15~20分
利用料金
大人:600円 小人:無料(高校生:大人・中学生:小人)
開館時間
9:00~17:00(最終入館16:30まで)
休館日
年末年始12月28日~1月1日
お問合せ
大阪城天守閣
■TEL 06-6941-3044
■FAX 06-6941-2197

尼崎城 琴浦城 ことうらじょう

尼崎城
城の種別
平城
アクセス
■阪神電車 尼崎駅下車 徒歩5分
利用料金
一般・学生:500円 生徒・児童:250円 未就学児:無料
営業時間
9:00~17:00(最終入城16:30まで)
休城日
月曜日(祝日の場合は営業、翌日休) 年末年始(12月29日~1月2日)
お問合せ
尼崎城址公園管理事務所
■TEL 06-6480-5646
■FAX 06-6480-5746

岸和田城 千亀利城 ちきりじょう

岸和田城
城の種別
平城
アクセス
■南海電車 
岸和田駅下車 徒歩13分又は蛸地蔵駅下車 
徒歩7分
入場料
大人:300円 小人:無料(高校生:大人・中学生:小人)
開場時間
10:00~17:00(最終入場16:00まで)
休場日
月曜日(祝日の場合は開場)  
年末年始12月29日~1月3日
お城まつり期間中(4月1日~15日)は開場
お問合せ
岸和田城
■TEL 072-431-3251
■FAX 072-431-9706

さらに詳しい歴史

  • 1581 天正9年
    岸和田城
    織田信長に和泉国の支配を命ぜられた
    織田(津田)信張と蜂屋頼隆が岸和田城に入る
  • 1583 天正11年
    大阪城
    豊臣秀吉が天下統一の拠点として築城
  • 1583 天正11年
    岸和田城
    賤ヶ岳合戦で柴田勝家を破った羽柴秀吉は、中村一氏に岸和田入城を命じ、岸和田城は紀州攻めの拠点となる
  • 1585 天正13年
    岸和田城
    紀州征伐の後、和泉国は秀吉の弟羽柴秀長の領するところに。秀長の死後は豊臣家の直轄領に。
  • 1587 天正15年
    岸和田城
    岸和田・麻生郷を領していた秀吉の叔父・小出秀政が1万石に加増されて大名に、1595年には3万石に。秀政時代に天守の築城や城下町の整備が行われた。
  • 1615 慶長20年
    大阪城
    大坂夏の陣で落城
  • 1617 元和3年
    尼崎城
    戸田氏鉄が藩主となり築城
  • 1619 元和5年
    岸和田城
    小出家が但馬・出石に転封となり、代わって松平(松井)家が藩主を務めた
  • 1620 元和6年
    大阪城
    徳川幕府による再築工事始まる。城普請の総奉行は当時の尼崎藩主戸田氏鉄
  • 1629 寛永6年
    大阪城
    徳川幕府による再築完成
  • 1635 寛永12年
    尼崎城
    戸田氏鉄が美濃大垣に転封、かわって青山幸成が入封
  • 1640 寛永17年
    岸和田城
    松平(松井)家は播磨・山崎に転封となり、岡部宣勝が入封し、明治維新まで岡部家が藩主を務める
  • 1662 寛文2年
    大阪城
    大阪城代に青山宗俊が就任。宗俊は尼崎城主の青山幸利の従兄弟で結びつきが強まる
  • 1665 寛文5年
    大阪城
    天守北側の鯱に落雷、大天守は竣工後わずか39年目で焼失し、以後昭和の復興まで266年間、大坂城は天守を欠いた城に。
  • 1707 宝永4年
    尼崎城
    大地震のため天守・櫓など破損
  • 1711 正徳元年
    尼崎城
    青山家が信濃・飯山へ転封。代わって入封した松平(桜井)家が以降、明治維新まで藩主を務める
  • 1825 文政8年
    尼崎城
    天守修復
  • 1827 文政10年
    岸和田城
    落雷で天守閣を焼失
  • 1871 明治4年
    岸和田城
    廃城決まる
  • 1873 明治6年
    尼崎城
    廃城決まる
  • 1931 昭和6年
    大阪城
    復興天守閣の第1号として完成
  • 1954 昭和29年
    岸和田城
    連結式望楼型3重の天守閣が再建
  • 2019 平成31年
    尼崎城
    再建天守が一般公開